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iPS細胞による薄毛・脱毛症治療薬開発・実用化までの展望

ヒトiPS細胞を使った毛包再生成功のニュースは、薄毛や脱毛症に悩む患者さんたちにとって、まさしく一条の希望の光となったことでしょう。

それでは、iPS細胞によるヒト再生毛包の実用化までには、どのような課題をクリアーする必要があるのでしょうか。

今回の実験では、毛包の本体自体はヒトiPS細胞から作製することができたものの、毛包を生成するシグナルを発信する細胞にはマウス細胞が使用されています。

マウスの細胞を使用せざるを得なかった理由としては、人間のドナーから採取可能なヒト毛乳頭細胞の数が限られていることや、培養された乳頭細胞は毛包を誘導する能力を喪失してしまうことが挙げられます。

しかし、慶應義塾大学医学部の研究室は、培養によっていったん喪失したヒト毛乳頭細胞の毛包誘導能力を回復させることにも成功しているそうです。

さらに、理論的は、毛乳頭細胞をヒトiPS細胞から再生させることも十分に可能であることもわかっています。

今後のiPS細胞研究の急速な発展を考えれば、近い将来、マウス細胞を使用することなく完全なるヒト細胞から構成された再生毛包の作製成功のニュースが世界を駆け巡ることでしょう。

そして、ヒト細胞からなる再生毛包の作製に成功したあかつきには、脱毛症治療への再生毛包の活用のみならず、毛包自体の発育を促す画期的脱毛症治療薬の開発も実現するはずです。

iPS細胞研究の発展が薄毛・脱毛症治療を革命的に進歩させてくれる日は、すぐそこまで来ているといっても過言ではないのかもしれません。

ヒトiPS細胞を用いた毛包再生成功までのプロセス

2013年1月23日、慶應義塾大学医学部の皮膚科学教室と生理学教室の研究グループが、ヒトiPS細胞由来の毛包構造の再現に成功したことを発表しました。

毛包は、構造の主要素となる皮膚細胞(ケラチノサイト)と、毛包の下端(皮膚の最も深い部分)にある毛乳頭の細胞で構成されています。この毛乳頭細胞は、毛髪を生成したり毛包自体を再生したりするシグナルをケラチノサイトに送信するという、きわめて重要な役割を担っています。

現時点の医学においては、かなり進行してしまった脱毛症状には、患者さん自身の毛包を脱毛部位に外科的に移植するといった治療法を選択する以外に、有効な手立てないのが現状です。

従って、発毛や育毛のメカニズムにおいて非常に重要な役割を担う毛包の再生が技術的に可能になったことは、男性型脱毛症や外傷による脱毛に悩む方にとっては、きわめて喜ばしいニュースと言えるでしょう。

今回成功した実験は、ヒトiPS細胞から皮膚前駆細胞を作製し、免疫不全マウス対し、毛を誘導する能力を有するマウス幼若線維芽細胞と一緒にに移植する、というプロセスで実施されました。

今回の実験で、ヒトiPS細胞由来の細胞を用いてマウスの皮下に再生された毛包において、毛髪が作られていることがはっきりと確認できたのです。

さらに、実験の成果からは、毛包を形成する場合、分化を完了した細胞よりも、むしろ分化プロセスの途上にある前駆細胞を使用するほうが有効であるということも示唆されました。

前駆細胞のiPS細胞からの誘導は比較的簡単に行えるため、あらためてiPS細胞の再生医療への利用の有効性が裏付けられた形になったのです。

iPS細胞とは何か〜ES細胞とiPS細胞との違い〜

<iPS細胞とは>

iPS細胞の正式名称は「人工多能性幹細胞」 (induced pluripotent stem cell)で、英語名の頭文字をとって「iPS細胞」と呼ばれています。ちなみに、「iPS細胞」と名づけたのは、マウスの皮膚細胞に4種類の遺伝子を組み込むことによって世界で初めてiPS細胞を作ることに成功した、京都大学iPS細胞研究所の山中伸弥教授(2012年度ノーベル医学生理学賞受賞)です。

iPS細胞は、人間の皮膚をはじめとする体細胞内に少数の遺伝子を導入して培養することにより、臓器の細胞や多様な組織へと分化する能力と、無限に近い増殖能力とをあわせ持った多能性細胞です。

それでは、なぜiPS細胞の開発がノーベル医学生理学賞に値するような画期的なものだったのでしょうか。

それは、iPS細胞の前述したような能力をもってすれば、夢のような新薬の開発や細胞移植治療を含めた再生医療の飛躍的な進歩が可能となるからです。

たとえば、治療が困難とされてきた難治性疾患の患者さんの体細胞からiPS細胞を作製し、心筋や肝臓や神経などの患部の細胞へと分化させて、その機能的変化を研究することにより、難治性疾患の原因究明の可能性が著しく高まります。

そして、その作製したiPS細胞を活用することにより、人体を使っては実施できないかもしれない、薬剤の副作用や毒性を評価するテストも可能になりますから、新薬開発という側面からも大いに期待されているのです。

さらに、今後の研究によりiPS細胞の安全性が揺るぎないものになったあかつきには、患者さんの体細胞に由来するiPS細胞から分化させた組織や臓器細胞を使った、細胞移植による再生医療の実用化も可能になります。


<ES細胞とiPS細胞との違い>


世界初の多能性細胞であるES細胞は、その機能だけをとってみれば、iPS細胞ときわめて近い存在のように思われますが、両者はそもそも成り立ちを異にする多能性細胞なのです。

すなわち、ES細胞は受精後6〜7日目の胚盤胞から細胞を取り出して培養することによって作製されるのに対し、iPS細胞の方は採取しやすい体細胞から作製することができるため、受精卵の破壊の是非に関する倫理的問題を問われずに済みます。

加えて、拒絶反応の心配があるES細胞と異なり、患者さん本人の細胞から作製可能なiPS細胞の方は、細胞移植後の拒絶反応は発生しない可能性が高いとされています。

このように、iPS細胞は、「生命倫理」と「拒絶反応」という、ES細胞が避けて通れない2つの課題を見事にクリアーする特性を持つことが明らかとなったのです。

ただし、1981年以降長きにわたって研究対象となってきたES細胞に関しては、既に数多くの知見が蓄積されていることも、また事実です。

従って、山中伸弥教授も幹細胞研究誌「セル・ステムセル」の中で言及されているように、もしES細胞研究を一気にiPS細胞に切り替えてしまえば、新たな再生医療の実現を逆に遅らせてしまう可能性もあることから、今後もES細胞とiPS細胞の研究を相互補完的に進めていくことが、再生医療の進歩には最適と言えるのかもしれません。
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